
Interview vol.3
台本のない現場で「本物」を演じる技術

Profile
株式会社ファミリーロマンス 代表取締役
1981年東京都出身。家族代行サービスなどを行う『ファミリーロマンス』を立ち上げた人間レンタル屋のパイオニア的存在。企業のスローガン『本物以上の喜びを』を理念に、現代社会と代行依頼者の心理についての分析・発信を日々行っている。

依頼人からは「理想の人物像」を詳細にヒアリングします。
細かく設定していただくことで、より「本物らしい」人物像を作り上げます。
しかし、情報を「丸暗記」するわけではありません。重要なのは、その人物の「本質」を理解し、自分の中に取り込むことです。
例えば、「優しい父親」という設定があったとします。しかし「優しさ」の表現方法は無限にあります。
子供が転んだ時、<strong>すぐに駆け寄って抱きしめる</strong>父親
子供が転んだ時、<strong>「大丈夫か?自分で立てるか?」</strong>と声をかける父親
どちらも「優しい」ですが、表現方法が違います。依頼人が求めているのはどちらなのか——それを理解することが重要です。
代行の現場には<strong>台本がありません</strong>。映画の撮影とは違い、相手の反応は予測できず、想定外の質問が飛んでくることもあります。
「お父さん、昨日何食べた?」
「お父さんの好きな色は?」
「お父さん、僕のこと好き?」
子供からの突然の質問に、自然に答えられなければなりません。だからこそ、設定を「暗記」するのではなく「理解」し、<strong>その人物として自然に振る舞える状態になる必要</strong>があります。
興味深いことに、ヴェルナー・ヘルツォーク監督が私たちを映画化した際、監督は<strong>脚本を役者に見せませんでした</strong>。
各シーンでイメージだけを伝え、役者同士の感性で即興を行う——それはまさに、私たちの代行業務そのものでした。監督は、代行業の本質を見抜いていたのです。
「君たちは毎日、台本のない映画を撮影しているんだね。それも、相手が台本を知らない映画を」
— ヴェルナー・ヘルツォーク監督

はい、事前打ち合わせは必ず行います。依頼人との関係性(学生時代の友人、職場の同僚など)、出会ったきっかけ、共通の思い出、そして「話してはいけない話題」を確認します。
ただし、全ての会話を台本化することはしません。それでは不自然になってしまいます。
経験豊富なスタッフは、<strong>場の空気を読み、自然に溶け込む能力</strong>を持っています。
「〇〇さんとはどこで知り合ったの?」
「昔の〇〇さんはどんな人だった?」
「〇〇さんとの一番の思い出は?」
こうした質問に対して、設定を踏まえながらも自然に答えられることが重要です。
結婚式ではスピーチや余興を依頼されることもあり、その場合はより入念な準備を行います。依頼人の人生を深く理解し、心に響くスピーチを届けるために、事前に何度も練習を重ねます。
私自身、これまで<strong>100回以上</strong>、結婚式でスピーチをしてきました。毎回、新郎新婦(の片方)の人生を深く理解し、その人らしいエピソードを織り交ぜながら、心からのお祝いの言葉を届けています。

はい、一度きりの依頼から、数年、時には<strong>10年以上にわたる長期の依頼</strong>まで、あらゆるパターンに対応しています。
私自身の経験で言えば、<strong>最も長い父親代行は10年以上続いています</strong>。初めて会った時は小学4年生だった娘さんが、今では高校を卒業する年齢になりました。入学式、運動会、参観日、文化祭、受験——子供の成長のあらゆる場面に「父親」として立ち会ってきました。
長期の依頼では、子供の成長に合わせて関係性も変化します。
手を繋いで歩き、公園で一緒に遊び、「お父さん大好き!」と抱きついてくる。純粋に父親を慕ってくれる時期です。
思春期に入り、少し距離を取るようになります。「お父さん、ちょっと恥ずかしいから手は繋がないで」——そんな言葉に、成長を感じます。
進路の相談、恋愛の悩み——より深い話をするようになります。父親として、一人の大人として、真剣に向き合います。
幼い頃は手を繋いで歩いていた子が、思春期になれば距離を取るようになる。それも含めて「父親」を演じるのです。
ただし、<strong>スタッフ1名につき、夫代行・父親代行は5家庭までというルール</strong>があります。
それ以上だと、それぞれの家族の情報を正確に覚えておくことが困難になるためです。
例えば、運動会で違う子の名前を呼んでしまったら、すべてが台無しになります。そのようなミスを防ぐため、厳格にルールを守っています。

幸い、<strong>代行であることが発覚したという報告は現在までありません</strong>。これは、徹底した教育とマニュアル、そして経験豊富なスタッフの対応力の賜物です。
例えば、<strong>運動会で父親役として参加する際の鉄則</strong>があります。
「自分の子供を撮影するときは、絶対にズームインしない」
体操着に赤白帽子の子供たちの中から特定の子供を見つけるのは至難の業で、違う子を撮影してしまうリスクがあるためです。広い範囲を撮影すれば、その中に「自分の子供」が映っている——そういう戦略です。
実際、本物の父親でも、運動会で自分の子供を見失うことはよくあります。だから、広く撮影することは不自然ではないのです。
また、万が一の事態に備え、全スタッフに<strong>緊急連絡用のデバイス</strong>を持たせています。問題が発生した場合は、すぐにバックアップ体制が取れるようになっています。例えば、予期しない親族が現れた場合、即座に本部に連絡し、対応策を協議します。
そして何より、私たちは「嘘をついている」という意識で現場に臨んでいません。<strong>その瞬間、その場において、私たちは確かに「その人物」なのです</strong>。その確信が、自然な振る舞いを可能にしています。
私が運動会で応援している時、私は本当に「お父さん」です。子供の成長を願い、転ばないかと心配し、頑張る姿に感動する——その感情は、偽物ではありません。

これは、私たちが常に向き合っている、<strong>最も深い問い</strong>です。
感情移入するか——正直に言えば、<strong>します</strong>。
特に子供が関わる依頼では、その子の成長を見守り、信頼関係を築いていく中で、情が生まれることは避けられません。
10年間、父親として関わった娘が、高校受験に合格した時。私は本当に嬉しかった。涙が出そうになりました。
「合格したよ、お父さん!」
その言葉を聞いた瞬間、私は本当の父親のような喜びを感じたのです。
依頼人の母親から「このままずっと家にいてほしい」「本当の家族になってほしい」とプロポーズされたことは、何度もあります。
<strong>おそらく私は、日本で最もプロポーズを受けた回数が多い男性</strong>でしょう。
「石井さん、もう他人じゃないですよね。本当の家族になりませんか?」——そう言われた時、嬉しくないわけがありません。それは、私の仕事が認められた証だからです。でも同時に、複雑な感情も伴います。
しかし、私たちは適切な境界線を守ります。代行サービスは、対価をいただいて、決められた時間の中で提供するサービス。情が深くなりすぎると、ビジネスとして成立しなくなります。
私が担当しているのは一つの家庭だけではなく、それぞれの家庭で異なる人物を演じています。A家庭では優しい父親、B家庭では厳しい父親、C家庭では面白い父親——それぞれの家庭で、求められる「理想の父親」を演じ分けているのです。
そして、避けられない現実があります。年配のスタッフが担当する両親代行の場合、いつかスタッフも命が尽きる日が来ます。
その時、<strong>依頼人は葬式に来ることができません</strong>。スタッフには本当の家族がいて、本当の家族が喪主を務めるからです。10年間「お母さん」として接してきた女性スタッフが亡くなっても、依頼人は最後のお別れすらできないのです。
これは、私たちのサービスが抱える、最も悲しい現実です。
だからこそ、代行に依存してしまった依頼人に、「いつか本当のことを周りに言わなければならない時が来る」と説明すること——それも、私たちの責任です。
特に子供が関わる場合、子供がある程度成長した時点で、真実を伝えるタイミングを母親と相談します。「お父さん」と信じていた人が実は他人だった——その事実を知った時、子供がどう感じるか。それを最小限のダメージで済ませるため、私たちは細心の注意を払います。

時々、プライベートで一人で映画を見て笑っている時に、ふと怖くなることがあります。
「今、笑っている自分は、素の自分なのか?それとも演技なのか?」
——アイデンティティの境界が曖昧になる瞬間です。
月曜日はA家庭の優しい父親。火曜日はB社の謝罪代行で厳格なビジネスマン。水曜日はCさんのレンタル彼氏として甘いロマンチスト。木曜日はD家庭の面白いおじさん——
毎日、異なる家庭で異なる人物を演じていると、<strong>どれが「本当の自分」なのか分からなくなる時</strong>があります。
友人と食事をしている時、ふと気づくことがあります。
「今、自分は『友人と楽しく食事をする石井裕一』を演じているのではないか?」——本当に楽しいのか、楽しんでいるフリをしているのか——その境界が分からなくなるのです。
これは、この仕事を続ける上での<strong>最大の葛藤</strong>かもしれません。でも、それでも続けるのは、依頼人の笑顔があるからです。
「石井さんのおかげで、子供が笑顔になりました」
「石井さんがいてくれて、本当に救われました」
その言葉が、私を支えています。
このインタビューを通じて見えてくるのは、代行という仕事が単なる「演技」ではなく、深い人間理解と共感能力を必要とする、極めて高度な仕事であるということです。
台本のない現場で、相手の反応を見ながら即興で対応する。10年以上にわたって一人の子供の成長を見守る。感情移入しながらも、境界線を守る。
そして、自分自身のアイデンティティの揺らぎと向き合いながら、それでも依頼人のために尽くし続ける——石井裕一の言葉からは、この仕事の深さと、それに伴う葛藤が伝わってきます。